昭和三十九年十一月二十一日 朝の御理解
z昨夜、菊栄会でございましたから、おそくまで信心の共励を皆さんなさって帰られました。帰られた後に、家内と最後のご祈念をさせて頂きましたのがもう終わった時には、一時でございましたですが、終わりましたら家内が、先生、私、御霊様の前でご祈念中にあの帆立貝をと言う貝がありますね。あの帆立貝がなんか黒い所に置きますと、もう青光りがする様にぎらぎら光ることがありますね。あの貝類なんか、その帆立貝が二つぎらぎら光っておるところを頂いたんですがと言うんですね。私思いましたのに、それはまあー私と貴女のことだろうと。ま神愛会というこの会のことでは貝のあれを頂くんですね。会員の皆さんの例えば信心生活といったようなものをなさる時は、はまぐりで頂いたりね。しじみ貝で頂いたり又はいろんな貝で頂くんですが。結局、私ども二人、私は神愛会の会長ということになっとるけども、会員には違いはないのだから、やっぱり私とそして同じにあんたの事だろうと言うて話したことです。まあー言うなら、この世は徳の船に乗って渡れとか。
昨日、ある方が病院に入院したとお届けがあったんです。そりゃお母さんと家内は熱心にここで信心致しますけど、主人に信心がないのです。そりゃ言わば財産はなしております。ところが、その息子が二ヵ月ばかり具合が悪くて病院に入院しておりました。帰ったその日、今度又そのお父さんの主人が昨日入院したんです。そのお届けがあっとります時にですね頂きますことが、z腎臓が出けたから心臓と頂くです。それはあのお話を聞いておりますと、その腎臓で入院するんですよ。病気が。もちろんおかげ頂きますのは、人蔵、人の蔵と書く。それから神様がさあーこれからはまあー人間の蔵は建ったから、神の蔵を建てよとこういうことなんです。心臓の方、神蔵を建てるというような事を頂いたんですけどね。とにかくそのやはり神の蔵じゃなき駄目ですね。ですからその神の蔵を建てさせて頂くためのまあーきっかけというかチャンスなんです。この腎臓が身体が悪いということは。
先日もその方の事を、ここに久富さんが頂いちゃるんですけど、あの本当に神様の御都合ちゃ、信心がなかったっちゃやっぱりあーしてその家内なら家内が信心しとりゃ、信心のない主人の上にでもそんなお守り頂いとるのかなと、私も思うし家内もその事を実はお届けもしとりませんけどもと言うてから、あのお届けを改めてしたような事でございましたけど。私はその人、一生懸命追いかけていきよる。追いかけていきよるわけなんです。ところが、私よか速かもんじゃけん私が追いつききらんもんですから、勇さんちょっと勇さんじゃない。勇さんが頂いたん勇さんが、そのお夢頂いちゃけどもそこに永瀬さんが居られるわけなんです。永瀬さん、あんた追いかけてち言うてから、捕まえちくれんな。それから永瀬さんが捕まえにやっているというお夢を頂いたと言うんですね。ですから本当に、神様が捕まえて下さるとは、いかにも窮屈にあるようですけども、人蔵よりも神蔵を建てさせたいばっかりの御神意をその中から悟らしてもらうですね。やはりこの世は、いわゆる神その徳の蔵にじゃない。徳の舟に乗って渡らなければいけないと。そうじないと危ないという事。
zですから家内が先ほど頂いとります、その帆立貝という二つの帆立貝が、私だってあんただってやはり神愛会の会員なんだと。それをその若いもんだとここではやはり椛目というまあー言うなら、親先生、親奥様と言うてたてて下さる。その信心にあやからせてもらうというかその舟に乗らせて頂くというものが、ここでおかげを頂いていくには、その舟に乗らなければ、おかげは受けられないという事。その肝心要なその帆立貝がです、いわゆる帆を立ててやるその船がです、まあー間違うたら全部の人がおかげを落とすことになる。平穏無事の時は何でもないのですけど、さあー少し風がでてきたと、その少し風がでてきたという時こそ、その帆を利用してその帆を満帆ですかね、その風をいっぱいにはらんでいよいよ一時間に一里しか走りきらんとが、一時間に十里も走るようなおかげ。もうとにかくその帆の操り方一つなのだと。その帆の操り方一つについて、夕べそれこそ寝物語ですけどいろいろ二人で話したことでございます。本当にもう小さい事の上にも神経を使わせて頂いて、とにかく私どもはじめ皆が助からなければいけないという事。
それには、この帆の操り方一つで自分の心の使い方一つで、皆が助かりもすりゃ助からんもするんだとこういうこと。なかなか帆の操り方というのは、むつかしい。特に少し風でも出でくるとすぐ帆を降ろしてしまうというようなことでは、せっかくの船足が速くならないね。頂ける十年で頂けるのが、例えば五年で頂けるようなおかげを頂くためには、その帆を風を利用しなければでけん。その帆の操り方という事についてから、まあ二人で話したんですけども、とにかくやはりね私達が一番信心の焦点を置かなければならんのは、今晩、古賀先生が御神前で頂いておるようなとにかく親切心一つで人が助かると仰るのだから、私とあんたがいよいよ親切心というものを作っていかなければいけないのだと言うて話したことでございます。それはどういうことかというと、親が子を思う切なる心なのだと。
そしたらその古賀先生は、ここで丁度昨日奉仕した時にですに月次祭の時に、親先生が、真とか真心とか親切心一つで助かりますと言う御理解を頂いたんですけど、親切心とはどげな心じゃろうかと思うてここで思いよったら、そしたら神様がz吾妻徳一と下さったそうです。字で吾妻とはわがつまと書いてありますね。五という字と口ですね。吾妻徳一とは、お徳の徳と一つさあ分からんのですね。どういう事じゃら。その御理解を頂きましたら、やはりそのまあー皆さんお分りになるでしょうかね。私ならすぐピントそれだけで分かるんですけども、神様は分かり良く御理解下さるんですね。
それにあの私頂いたのが、z一番はじめに頂いたのが、確かにこの(き)と頂いたと思うです。素直に己という字が書いてある。紀元の紀です。ほう頂いてから、どげな事じゃろうかと思うたら、己れの事を語れと仰るですもんね。私の事、この辺が神とのつながりです。だから神様とつながっておる私の信心を語れとこう頂くんですけど、それじゃ古賀先生とピント分からんじやろと思うたから、まあ共にお礼させて頂きましたら、z吾妻徳穂ち頂きました。あの舞踊のいわゆるにざえ門の娘さんですね。まあ歌舞伎なんかに出ます。はあーしてみると吾妻徳一というのと吾妻徳穂というのは、穂と一が違うけど同じ意味だということですね。稲穂の穂が書いてあります。
一という字、私が一というのは、私がいつも日本一を目指すとかなんとか言うような意味のことを言うから、一を使われたのじゃないか。こりゃ後から古賀先生に聞いてみろうと思うけど、吾妻徳一とを知っているのかそんな人を、その頂くんですからね。知ってるか聞いてみたらもっと詳しく分かるだろうと思うたんですけど、まだ聞いておりませんけど、そして頂きますのが、あのその吾妻徳穂さんの息子に鶴ノ助と言いよりましたね。この頃までは、この頃あの襲名いたしまして、竹ノ城ということになりました。それでだんだん分かってきた。皆さんお分りになるでしょう。それだけ聞いたら親子という、吾妻徳穂と鶴ノ助は親子なのです。しかも鶴ノ助がです竹ノ城に変わっていくというところがはっきりするでしょ。鶴ノ助というのは、皆さん全部が鶴ノ助ですよ。ね言うならば私は亀として、皆さんは鶴です。そういう意味合いで、いろんな障害を乗り越えて椛目に飛んできておるのが、古賀先生達親子なんです。亀の元にね、鶴亀が舞い遊ぶようなおかげ頂きたいといったような、そのそういう事でまあーここにその鶴ノ助がだんだん変わっていきよる。どういう風に襲名していきよるかというと、竹ノ城ということ。
最近古賀先生が言うております。その本当に今までの考え方がだんだん変わってきた。いよいよここに分からしてもらうことは、まあ言うなら大げさな表現ですけれども、とにかく親先生を拝ませて頂ける。どういう中の親先生でも、それが私の中にある親先生、拝めれる親先生というその焦点を置いておかげ頂きたいというような信心になってきた。いわゆる竹ノ城になってきた。竹というのは素直とこう仰る。ですからね、そういう素直になりたい。素直になりたいとこうまあ言うておる。私はまあ極端に言うならば、あんたが私ば拝めれるごとにならんとつまらんとこう言っておるわけなんです。私の言う事に聞き入れるようにならんと駄目だと言うておる。そこんとこが竹ノ城に変わっていきよることだとこう思うね。そしてどういう事かというと、その言うなら師匠を見習えということ。親切一つで助かるという、言われるがね、親切とはどういう事であろうかと思いよったら師匠を見習えと。大坪総一郎の信心を見習えと。ははあーあ言うものをもって言わば、親切というものだなとこう言うことなのです。
話が後先になりますけども、その家内とその事を、私とあんたが本当の意味合いにおいての親切という事になると、たくさんの信者達の上にです本当に親先生、親奥様と言われるだけの私どもの信心にならなきゃならんが、ほんならどういう事になるかというと親切になることだと。親切とはならどういう事かと。そりゃ古賀先生は信心を見習えばいいか知らんけど、私どもとしたら、そしたら頂きます事があのおもしろいというか、今お相撲をやっているからでしょう。zあの横綱が土俵入りしているところを頂くですね。だから土俵入りする時に、片一方の手をこう出したり、こうやったりするところがあるでしょ。こうやって、こうするところが。あの手をですね、もうこれに下さい下さいち、手がこうしよるところを頂くですね。もう横綱ちゃ私のことでしょう。その手をこうやって、その下さい下さいという事は、お供えを下さい下さいと言いよるごと思いよるです。
私、信者に感じるですね。いわゆる条件付の親切じゃもう親切じゃないということ。ありゃ信者がお供えしなさるから、あの信者さんは私どもに具合要して下さるから、あの信者さんの事だけは一生懸命思うというようなものじゃったら駄目だと。お供えが多いからとか、お供えが少ないからとか、そげな事なんか全然問題にしちゃこれでは、ちょうだいちょうだいと言うごたる。その事では言わば、どんなにその人のことを思っておったにしてもそれは親切ではないと。親切とはどこまでも親が子を思う切実な心であるという事と言うて、私はその家内に話すんです。お前が勝彦の事を、毎日思ってからお取り次頂いてから、今日も勝彦が良い修行が出来ますようにと言うてお願をするじゃないかと。あの心だと。遠いところに旅立ちでもしている子供があると、さあーもう帰ってくるじゃなかろうか。明日は帰ってくるじゃなかろうかと。例えば指を数えて待つような心じゃと。何かお土産ば持ってくるじゃろ。そのお土産を待つような事じゃない。
問題はですね、それが本当にそのとにかく夜中にカタッと言うたっちゃあーあれが帰ってきたのじゃなかろうかと言うくらいな心だと。親という字は、木の上に立つと書いてみると書いてあるね。遠方に行っている例えば息子がもう帰ってくる時分だがと思うたら、高いところに登ってから、こう手をかざしてからもう帰ってからたまらんち思うて、そのなんべんでもなんべんでも外に出てみるような心じゃと木の上に立ってから、そして向こう見ておる。それが親という字であるようにね、そういう心だといよいよまあこれだけの帆立貝ということ。それだけの事じゃないだろうけれども、そういう心の言わば心の綱を引き締めたり又は、撫でたりしていくところに焦点を置かなならんのだとまあー話したことです。
今日、私こうやって話しております事は、もう実に月並なことなのですね。私どもが親切一つで助かるのだと。主人は、例えば店員にあの尽くしようが足らんと言う。店員は主人に向かって給料が足りんと例えば言う思うね。それは夫婦の間でも、親子の間でも又はいわゆる主従関係でも、お客さんと店主と言うてもいいと思うんですよ。自分の親切が足りないことは棚に上げてから、そして誰が私まちっと思うてくれるといい。してくれるといいというような事はちょうど言うならば、横綱が横綱の土俵入りをしているけども、片一方の手では、頂戴をしておるようなものじゃないだろうかと私は思うんです。
だから今日の御理解は言わば月並なのですけれども、その親切という事がですたい、私は誰に彼に本当に神様に通うような親切な心を持って、一日を奉仕しているであろうかと言うことです。売らんかのために親切のごとしよるけども、そりゃ親切じゃない。自分が大事にしてもらいたいために親切にしとるんだったらそりゃほんなもんじゃない。そこ無条件ね。親が子を思う切実なその心でです。誰彼のことが思えれるようなおかげ頂かなければならない。
そこに私は、人の蔵ではない、神蔵があった。立つのじゃなかろうかとこう思う。そういう生き方、そういうところに焦点を置いての信心ですから、私は今日は本当に親切とはという所に焦点を置いてです、はあ私はあの人のこと一生懸命思いよるけども、あの人が又こうしてくれることのために思いよるなら、そりゃ親切じゃないと悟らして頂いて、いわゆる無条件の切実な行いというか思いというものを頂くことに焦点を置かして頂きたいとこう思うのです。古賀先生には、いわゆる大坪先生を見習えとこう仰ったんだけど。さあー見習うてもらう私自身が果たして、そうであろうかどうかということもやはり確かめた上に確かめてから、まあー言うならお取り次をさせてもらわなとこう思うのです。
そしてこれはまあこれだけは、はっきり言える事です。こりゃまあ私の場合、皆さんの切実さがあるかないか分からんけども、その横綱土俵入りじゃないけど、あのお供えがもらいたいばっかり、その人のことを一生懸命お取り次しょうという事は先ずないですから、その事だけはおかげ頂いとると私は自分で思います。けども思う切実さという事にはこれは限りがありませんのですから、いよいよ私としてもそこんところ垢抜けしていかなければならんと思うし、皆さんもです、そこに焦点を置かにゃいけません。もう有難うございますと言うて、そのお客さんを大事にしよるけど又次に買うてもらわなならんから、この人達のために便利になるから、もし言うたりしたりしておるのであったらです、言うたりしたりしておる事は良いけども、そんな金不純な心は取り除いていこうとする努力というか精進が必要だということ思うのです。おかげ頂きました。